ネパールでは、幼い少女を女神として祀る文化が今でも残っています。
日本では無宗教者も多く、神様の存在を信じるか否かも自由な空気がありますが、あなたはどちらでしょうか。
今回は、日本とは価値観も文化も異なることが多いからこそ、ネパールに存在するクマリについてご紹介していきます。
ネパールのクマリとは何か
クマリとは、ネパールの国を守っている生き神のことをいいます。
ネパールの観光スポットとして、そのクマリが住む館「クマリ・チョーク」が挙げられます。
そこに行くと、目の周りにくっきりと長いアイラインを引き、赤い服を着た美少女が姿を見せてくれるのです。
彼女こそが、ネパールの生き神、クマリです。
いきなり現れた美少女が神様だといわれても、よく理解できないですよね。
見た目は人間そのものですし、私も「まず神様って生きてるものなの?」と思いました。
しかし、多くのネパール人の心の中では神々や善悪の目に見えぬ者たちは現実に存在していると考えられているのです。
日本でいえば、幽霊を信じるかどうかといった感じではないでしょうか。
日本は幽霊を信じる人もいれば、信じていない人もたくさんいると思います。
でもネパールではほとんどの人が霊や神様の存在を信じており、時にはそれらが人間に宿ると考えられています。
つまり、クマリと呼ばれる少女の中にヒンドゥー教の女神、ドゥルガーが宿っているとネパールの人たちは認識しているわけです。
だからクマリは、ネパールを守ってくれる女神だといわれているんですね。
クマリになる条件
クマリは、未婚の少女という意味を持ちます。
女神の宿る器として最も重要な条件は清浄性だとされていて、血の穢れをとにかく忌避します。
もっとわかりやすく言えば、処女じゃないといけないということですね。
いかにも神話っぽいなぁと個人的には思います。
クマリになる条件としては、三十二相という身体的特徴を備えていることが挙げられます。
三十二個あるのでさすがにここで全てを挙げることはできませんが、つまりは美しい体型で端正な顔でなければならないということです。
三十二相の中には、「膝まである長い手」など現実的ではないものも含まれています。
そのため、この三十二相は理想であり、理念的なものにすぎないと解釈されています。
かといって、三十二相に全く当てはまらない少女がクマリになることはできません。
主に、歯が欠けていない、皮膚が美しく体に傷跡がない、大きな病気をしたことがない、などの条件が重視されています。
クマリになる条件は、これだけではありません。
他にも、三十二相の条件に当てはまる少女がカトマンズ(ネパールの首都)のネワールの仏教徒でなければなりません。
ネワールとは、カトマンズ盆地一帯に居住する民族のことを指します。
ネパールでは全人口の5.48%しかいませんから、結構貴重な存在だと言えます。
僕も、ネワールだよ。
他にも細かい規定はたくさんありますが、全てきっちり当てはまらなければいけない、というわけではありません。
細かい規定の中でも、今ご紹介した重要視される条件が当てはまっていればクマリになれる、という風にされています。
クマリの選び方
クマリの選び方としては、試験のようなものがあります。
上に並べたクマリの条件に当てはまるだけで、クマリになれるわけではありません。
クマリには、精神的な素質が必要だとされています。
まず、候補者になるために両親が条件に当てはまると思う我が子をクマリ候補者に推薦し、クマリの候補者になります。
クマリの候補者として認められた者は、年間最大の祭りである「ダサイン」8日目の真夜中に女神の祠堂といわれる場所に行きます。
しかし、女神の祠堂に行くことが目的ではなくその途中に、ある試験が行われます。
それは水牛の首を見ることです。
ネパールの「ダサイン」というお祭りでは生贄として、108頭の水牛の生首をささげます。
その108頭もの生首を女神の祠堂にたどり着く間の石畳に並べ、クマリ候補者はそれを見せられます。
牛の角には明かりが灯されていて、照らし出された血の滴る生首を見て驚いて泣き出した者はクマリ失格となります。
この他にも、隣室で大きな恐ろしい音を立てたり、僧侶が恐ろしい姿で脅すという話もあります。
このいずれにも動じなかった者が、クマリとしての資格が十分だと認められます。
クマリはどのような生活をしているのか
クマリに選出されると、カトマンズのクマリの館に移ることになります。
外出は儀式のときだけに制限されます。
家族はごく稀に行われる公式面会のときにしか会うことは許されません。
また、友人は世話係の家族か、あるいは同じ身分から選ばれた一部の人だけです。
クマリに選ばれてからは、大地に足をつけることがなくなります。
また、クマリの姿を拝見することができれば、幸運が訪れると信じられています。
そのため、クマリの館の前の広場には多くの人が集まりますが、希望すれば謁見もできるそうです。
現在でも、多くの政治家や王族が恩恵を受けようとクマリを訪れています。
会話は許されていませんが、謁見した際のクマリの様子で拝観者の将来を占われるのです。
例えば、泣くか大声で笑った場合は重篤な病気、あるいは死が迫っていることを意味します。
沈黙であれば、願いが叶うとされています。
会話が許されていないので、ほとんどの場合が沈黙じゃないのかなぁとは思います。
クマリは、両親や家族とは離れた場所で教育係や世話係と過ごしています。
クマリはお祭りではどのような役割があるのか
クマリは、ネパールを守ってくれる女神です。つまり、平和の象徴ともいえるわけです。
クマリを守護神として祀る習慣は11世紀半ばまでさかのぼります。
その背景は単純です。
当時のカトマンズの王の祖父がクマリ女神を祀ったことにより、他国との争いにおいて勝利を獲得し、繁栄したからです。
祖父の代のこの経験からクマリは祀られるようになり、平和の象徴としての存在になりました。
上でも少し紹介しましたが、クマリを一目見るだけでも幸せが訪れるとされています。
つまり、お祭りでクマリが姿を見せることによって少しでも多くの人の目に触れ、多くの人に幸せを届けることがクマリの役割になります。
まさに、クマリは国に平和をもたらす神様という存在なのです。
クマリのその後(引退後)
クマリとしての役目を終えたその後は、何も特別なことはありません。
その身体から女神はすでに抜け出たものだとされ、普通の女性として生活していきます。
しかし、クマリとしての役割を終えたその後普通の女性として生きていくには、困難が伴うと考えられています。
クマリであった時には、神として周りの人に扱われていました。
時には、国王や政府高官からも頭を下げられるような生活を送ってきたので、いきなり一般的な生活には馴染めないそうです。
さらに、クマリであった者の結婚は不幸に終わり、最初の夫は早死するといわれています。
このため、未婚のまま生涯を終える元クマリの女性が多かったです。
しかし、ネパールも近代化が進みクマリへの信仰心が弱まっている部分もあります。
現在では、クマリであった女性が大学で勉強したり、無事に結婚して子供に恵まれたという話も多くなってきています。
昔に比べて、元クマリの女性に対する抵抗感は弱まってきているというのが実情なのです。
ネパールのクマリ:まとめ
無宗教な人もいる日本ではクマリという存在はかなり珍しく、新鮮なものなのではないかと思います。
ネパールでは、今でもクマリを一目見ることができれば幸せになれる、と信じられています。
他国の人であっても、クマリを見るチャンスはあります。
ネパールでは年に2回ほど、クマリを祀るためのお祭りが開催されています。
そこでは、必ずクマリが姿を見せてくれます。機会があれば、ぜひ行ってみたいですね。
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