ネパールと日本の歴史の関係は?実は共通点がいくつもあった!

ネパール 日本 歴史 日本とネパール

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日本とネパールは、文化や宗教の面で多くの類似性を持っています。 特に国民性が類似しているといわれています。

例えば、助け合いの精神だったり、マナーを守る、勤勉、など日本人と似通う性格をしているのです。

そんな背景には、日本とネパールの歴史的な交流があります。

今回はその一部分になりますが、ネパールと日本の歴史について、紹介していきます。

 

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日本人はネパール歴史で初めて訪れた外国人

 

ネパールと日本の文化的な繋がりの歴史は1899年、修行僧の聖職者河口慧海(えかい)さんがネパールに訪れたことから始まります。

彼は仏教学者であり探検家でもあり、当時日本人にとって未踏の地であったチベットへ初めて踏み入った人です。

ネパールへはチベットへ踏み入る際の通り道であったといわれています。

 

しかし、ネパールにとっては河口慧海さんが初めての外国からの訪問者でした。

彼はネパールにあるヒマラヤを超え、当時鎖国政策をとっていたチベットに入りました。

つまり、ネパールを目指したというよりはチベットに入るための途中で立ち寄っただけだ、ということになります。

立ち寄ったといっても、ほんの数時間のことではありません。

チベットの国境越えのチャンスを伺い、約3か月間ネパールで過ごしたといわれています。

 

ヒマラヤの麓にあるマルファという村で、彼は経を読みながら過ごしていました。

現在、河口慧海さんがそうして過ごした場所が記念館として公開されています。

 

ネパール歴史上初めて放映された国際ドラマは日本の『おしん』

 

『おしん』は、日本人ならば誰もが知る名作ドラマだと思います。

実は、この『おしん』はネパールで初めて放送された国際ドラマだったのです!

しかも、ネパールで放送されていた当時は、大人気で「放送時間になると街から人がいなくなる」と言われているほどでした。

 

数字にも実際に表されていて、史上最高視聴率80.9%(!?)という驚異的な記録が残されています。

日本の紅白歌合戦でも、最高視聴率50%ほどしか出ませんから、この数字は日本では考えられないような視聴率ですよね。

 

『おしん』はネパール語に吹き替えられて放送していましたが、

映画の中の境遇や暮らしぶりが当時のネパールとよく似ていたそうです。

それでネパールの人たちは、自分たちと主人公を重ねて共感することが多くあったため、

こんなにも『おしん』が人気になったといわれています。

ちなみに、ベトナムにもこのドラマの影響が広がり、ベトナム語では家政婦のことを「おしん」と呼んでいるらしいです。

 

日本の名作が、ネパール含め外国にどれほど影響を与えたのかがわかりますよね。

ネパール人からすれば日本人=おしんのイメージが定着しているらしく、

今でも日本人を見かければ「おしんだ!」と言われることは少なくないそうです。

 

さすがに今となっては、皆おしんのような生活をしているわけではありませんが、

ネパール人にとってはそのイメージが定着してしまっているのかもしれませんね。

ネパール人歴史上、初めての留学先は日本

 

ネパールの歴史でネパール人学生が初めて日本にやってきたのは、1902年のことでした。

ここから、ネパールは多様な国と交流が広がっていきます。

当時のネパールの留学生の中には18歳から27歳までさまざまな年齢の人がいて、専攻分野も多岐に渡っていました。

やはり、その中でも共通して勉強していたのは日本語です。

 

当時、月給100円で日本語教師を1人雇い、日本語を勉強していたと記されてあります。

月給100円なんて、今じゃ考えられないですよね。

そして彼らは日本語を学ぶ傍らで東京帝国大学、東京工業高等学校、農科大学などに入学を果たし、勉学に励んだのです。

彼らが初めて訪れた国が日本だからなのかはわかりませんが、

ネパールでは語学として英語の次に日本語が多く学ばれています。

初めて訪れた国で学んだ日本語が、ネパールで最も早く浸透したのかもしれません。

 

今や中国語やフランス語のほうが需要が大きいにも関わらず、

ネパール人の間で日本語が広く学ばれていることは、嬉しいことですね!

 

ネパ(夫)
ネパ(夫)

僕も、日本語を勉強するネパール人留学生の一人です。

 

ネパール国王から最高勲章受章された日本人

 

実は、1975年に世界最高峰エベレスト登頂を果たしたのが日本人なのです。

それは、田部井淳子さんという女性です。

彼女はネパールでも著名人だとされていて、世界で初めて女性でエベレストに登った人です。

 

その功績を称えられ、ネパールの最高勲章グルカ・ダクシン・バフ賞を受賞しています。

これが有名たる所以でしょうか。

ネパールで地震が起きた際にも、復興支援なども積極的に行った方で、ネパールと日本の友好を築いた人だといえます。

 

ネパールと日本の歴史:まとめ

 

日本とネパールの国交関係が樹立されてから、約60年が経ちました。

日本とネパールの関係は、常に親密かつ友好的です。

ネパール国民は日本人に友好的ですが、経済的な事情から日本に入国することが難しいらしいです。

それでも、最近は日本に来るネパール人が増えてきています。

また、実際にネパールに行ってみれば日本人の記念館があったり、日本語を話せる人がいたり、近く感じるのではないかと。

↑また、こちらを読んでいただければ、ネパールがもっと身近に感じられると思いますよ^^

 

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